おめでとうごじゃります


神戸に帰ってきました。

昨日、大学サークル同期の結婚式で東京に行って来ました。場所は、半蔵門駅から少し歩いた、皇居が目の前にあるホテルです。太陽の光をバックに、みんなが待つチャペルに二人が入ってくる二人の姿はなかなか幻想的に光り輝いていました。素敵な結婚式でした。ココだけの話、統一君が速く歩くので、僕はシャッターチャンスを逃しまくりでした(^_^;)。披露宴もよかったです。僕的にはお食事がむちゃくちゃおいしかったのがGoodでしたね。本当においしかったです。

それから、場所を渋谷に移して2次会です。地下にあるちょっとおしゃれなバーみたいなところで、いい感じでした。ここでは僕は何をしていたか、あんまり覚えていないくらい酔い始めていましたが、なんだかんだよく話したことは覚えています(^_^;)。

3次会はそこから近くのカラオケ屋さんへ。久々に歌いました。昔はよくサークルで行きましたね、カラオケ。楽しかったなぁ。思い出しました。そのころは我先にと入力していたものですが、今回は歌わない人もちらほら。僕はちょっと思い切り歌っちゃいましたよ。ここぞとばかりに。それにしてもここでもみんなよく食べていましたね。カラオケ2時間であの値段はありえんでしょ(^_^;)。

今回も、僕はスクエアという本当にいい仲間に巡り会えてよかったなぁと、つくづく思いました。気の置けない仲とはこのことをいうんです。何言おうが、何しようが、分かってくれているというか、僕のキャラはこうだったんだよなぁと思い出しました。実は昨日の朝は少し緊張していたくらいだったんですよ。それも会ってすぐに解消しましたけどね。

ただ、よく考えてからものは喋ろうねとも思いました。気を悪くした人がいたらごめんなさい。”親しい仲にも礼儀あり”てね。

それから、これから新たに結婚される方がお二人もいらっしゃいました。おめでとうございます。結婚式に呼ばれる度に次の人が決まっていて、僕らもそういう世代なのかと痛感しました。けど、「次はもりもっちゃんだね」とプレッシャーかけるの止めてください!そういうつもりはなくても、そう感じますから、ね。僕は最後かなぁ。

とはいうものの、それはそれでみんなの優しさなんだよなぁと帰りの電車で気がつきました。新幹線で浅田次郎著「薔薇盗人」を読んだからです。プロットの本題とは全く関係ないですが、優しさってその人が受ける感じ方で変わっちゃうと思いました。というか、親切を受ける側にも優しさって必要なんじゃないかって。『小さな親切大きなお世話』とはなんと傲慢な言葉なんだろうと思います。優しさって、お仕着せじゃなく、相手のことを考えたときに自然に出てくるはずだと思います。僕の優しさってお仕着せの所があるから、優しさを素直に受け取れないのかもしれません。

全体を考えて一番合理的な方法を見つけようとしてしまうんですよね。けど、それって結局、相手のことを考えていない。ゲーム理論と結びつけると何となく分かるんです。ゲーム理論ではまず全体の合理性を考えるとこう動くはずだと決めつけてしまう。それによって、自分はこう動くべきだ!という結論になる。それは、一番コストがかからずいい方法なのかもしれないけれど、暖かみのない結論になる。人は無駄なことをして生きていくことに実はあんまり苦痛を感じないのに。

おめでたい話だったのに、なんだか話が長くなりました。ごめんなさい。

なんだか最近空回りしまくりです。がんばろー。